2016年01月20日

乳酸菌 シロタ株にまつわる秘話

~乳酸菌 シロタ株の独占使用権をめぐる話(1941年)~

今から75年前の1941年、日本は日中戦争の長期化が色濃くなり、不安を感じながら生きてきた同年、国民の意思に反し真珠湾攻撃から太平洋戦争へと突入していきました。
栄養状態や衛生状態は今と比べものにならず、この頃の平均寿命は、まだ50歳に達していませんでした。
死亡の要因は、赤痢やチフスなどの細菌による感染症です。

ヤクルトの父・代田(しろた)稔博士は、
治す方法がないなら病気にかからないようにしよう”  
菌をもって菌を制す
との想いを持って研究に没頭。
乳酸菌の中から選んだ強い菌の強化培養に成功し、名付けられたのが「乳酸菌 シロタ株」でした。
今から86年前、1930年のことです。

★シロタ株を医薬品に
1935年から乳酸菌 シロタ株の入った飲料を「ヤクルト」と名付け、製造・販売を開始しました。
この菌の効用は瞬く間に広まり、大手製薬会社複数から独占使用権を買い取りたいという要請が寄せられるようになりました。
一説によると、試験管1本の種菌に対し、今の金額として1億、2億とも言われる額だったそうです。

その動向に世間は注目、関係者の間でも不安が募り混乱した状態の中、ついに代田博士は決断しました。
薬ではなく、安価な食品として人々にシロタ株を提供する」と。
代田博士は、研究室時代からの姿勢を貫いたのです。

★ヤクルトの原点「代田イズム」
ヤクルトには、代田博士の意思を継ぐ「代田イズム」があり、主に3つの考えに基づいています。
キラキラ 予防医学
キラキラ 健腸長寿
キラキラ 誰もが手に入れられる価格で

今日、誰もが手に入れられる価格でお客さまにご提供しているヤクルトは、こうして守られてきたのでした。
<終>

最後までお読みくださいまして、ありがとうございました。


  


Posted by 東三河ヤクルト販売㈱ SMチーム at 08:53
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